所 属

豊臣

宮部

よみがな

人物名

ともた かつえもん よしまさ

友田勝右衛門尉吉政

三佛寺文書

官 途

右衛門尉(三佛寺文書)

出身地

近江国か

生 年

不詳

没 年

不詳

不詳

不詳

吉政

列 伝

因幡国鳥取城の城主、宮部継潤の家臣。

宮部継潤の代官として伯耆国河村郡内の片柴村、坂本村、穴鴨村などを治めた。

三朝町誌では毛利氏が東伯耆を領した頃からの代官としているが、伯耆国河村郡への派遣は宮部継潤鳥取城の城代任命後が考えられ、毛利氏南条氏による戦闘が一段落する天正12年の芸京和睦以降と推測される。

 

1581年11月21日(天正9年10月25日)

毛利方の吉川経家が立て籠った因幡国鳥取城が落城する。

後に鳥取城の城代として宮部継潤が任命されている。

 

三佛寺文書 友田吉政寄進状

以上

以坂本之内高百石之分相渡候。可有寺納候。弥御寺相続候様、御才覚尤候。恐々謹言。

慶長四年 十一月十二日 三徳山惣中

友田勝右衛門尉吉政(花押)

 

1599年12月29日(慶長4年11月12日付)

三徳山三佛寺へ坂本村100石を寄進し寺領を安堵している。

天正年間、南条元続による再興が行われた後も三徳山三佛寺は戦禍に遭い荒廃しており、慶長年間にも修繕が行われている。

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