所 属
池田
よみがな
人物名
やまね さくべえ
山根作兵衛
官 途
不詳(大庄屋)
出身地
伯耆国会見郡
生 年
不詳
没 年
不詳
氏
不詳
姓
不詳
諱
不詳
列 伝
伯耆国会見郡の大庄屋。
日吉津村の大庄屋とされ、弓浜一帯を広く所有していたと伝える。
1862年(文久2年8月)
弓ヶ浜周辺で年間二十万貫の綿実を陽田水車場に集荷するよう命じられている。
1863年(文久3年4月)
中庄屋の舩越家から文久2年分(4月から1年間)の米子東部17ヶ村及び日吉津村の妊婦の状況を調査した報告を受けている。(口会見郡村々生育取調帳 今村 広平女房とよの事例)
1863年(文久3年7月)
鳥取藩士の富山敬蔵(武装設計)、砲術師の武宮貞幹らと鳥取藩台場 境台場の築城を開始とある。
渡村の庄屋、泉屋治右衛門は同年秋頃には御台場が大方完成したと手記に記している。(永代記録帳)
鳥取藩台場 境台場は城砦部分の完成を翌年と伝えていることから泉屋治右衛門がどの施設の完成を以て大方完成と認識したかは不明。
1864年(文久4年)
鳥取藩台場 境台場は武装を除く城塞部分のみの完成とする。
1868年(明治元年11月)
鳥取藩台場 境台場に武装が施され台場として完成とする。