武将列伝帖

まつなみ ひろもと

松波宏元

【氏】不明【姓】不明【名】松波【通称】不明【諱】宏元

別 名

松波伝之丞(まつなみ でんのじょう)

出 身

不明

官 途

不明

所 属

池田氏

生 年

不明

没 年

不明

 

- 列 伝 -

鳥取藩の設計士。今津村の大庄屋で郷士、松波宏年の子。

長崎で蘭学や西洋式城砦の築城などを学んだとある。

 

帰郷後は鳥取藩主、池田慶徳の命により境台場淀江台場の設計に携わる。

長崎で学んだ西洋式城砦の知見が大きく活かされ、境台場の建造に於いても西洋式技術を取り入れたとしている。

 

境台場の建造においては1863年(文久3年)より富山敬蔵設計の元、砲術家の武宮丹治、会見郡の大庄屋の山根作兵衛らと共に築城を開始し、城塞部分は翌年の1864年(文久4年)、砲台などの設置が完了し台場として全機能が整ったのは1868年(明治元年)としている。

 

淀江台場の建造においても西洋式城塞の設計が取り入れられ、1863年(文久3年)に完成とある。

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