【 武将列伝更新 】
2022/04/19
【 武将列伝更新 】
馬田源兵衛尉…伯耆佐川亀山城の城主とする人物。佐川神社へ25石を寄進したとするのみ伝わります。
馬田四郎五郎…伯耆佐川亀山城の城主とする人物。伯耆根雨城の城主にも同名の人物が伝わります。
馬田七郎右衛門尉…永禄7年(1564年)8月、江美城の戦いでは援軍として登場するも山田満重によって撃退されています。
馬田入道慶篤…元亀2年(1571年)、毛利方と尼子残党による浄満原の戦いに登場します。坊主なのに拝金主義だったのか…黄金装備を身に纏って偵察に出たところを敵に見つかり(そりゃ見つかる)、装備一式は高橋資高に奪われ、首級は壇上重行に挙げられた挙句、両名ホクホクの笑顔で帰っていったという散々な結末を迎えます。