香原山城
香原山城
米子城
打吹城
黒坂城
江美城
伯耆古城札

最 新 情 報

2020/09/05

伯耆古城札委託頒布を開始しました!

【 米子城と城下町名に由来する古城札 】

米子城(原初米子城とする東の出丸、飯山城と北の出丸、内膳丸)と伯耆国内各所の城下町から米子城下へ移り町名の由来となった古城跡の名称を揮毫し、その古城の城主、城代に縁のある家紋をあしらった古城札です。

鳥取県米子市へ訪れた際の記念として、しろ凸たんが制作しましたオリジナル古城印です。

※当初は米子城下のチェックポイントで各札を入手する企画でしたが、昨今のコロナウィルス感染症の情勢を鑑み、いずれか1カ所、必要最小限の訪問で全てが揃うよう企画を縮小させて頂いております。単品での販売は店舗・施設ごとに異なりますのでご注意ください。

 

委託頒布先(9月5日現在)

【頒布中】トイズキッチンカフェ様 鳥取県米子市西倉吉町57番地(木曜定休、米子城、打吹城、田内城の単品頒布あり)

【頒布中】米子市立山陰歴史館様 鳥取県米子市中町20(火曜休館、米子城、飯山城、内膳丸の単品頒布あり)

【頒布中】米子ニューアーバンホテル様 鳥取県米子市中町28(頒布はセットのみ。米子城単品は宿泊のお客様(且つ、希望者のみ)への記念品として無料進呈予定)

【頒布中】御菓子司 清月本店様 鳥取県米子市尾高町105(日曜定休、米子城、尾高城、岩倉城の単品頒布あり)

【インターネット通販】しろ凸たんWeb Shop

2020/09/18

伯耆国 岩倉城

9月26日(土)の倉吉教育委員会さん主催の「岩倉城ウォーク」に向けて伯耆岩倉城の記述を見直しました。

伯耆民談記(大正3年の発行)の記載に合せましたので、修正前とは小鴨十二士の名前が変わっていたり出来事の発生年月日が不明から一部判ったものなどを調整しています。

関係する武将列伝はまだまだ甘いですが…岩倉城ウォークの前の予習に活用いただけたらと思います。

(倉吉市岩倉)

2020/09/17

城娘図鑑更新林 華亜羅伯耆 香原山城

麓にある仁王堂公園に巨大な烏天狗の像があります。

付近の伝承では特に何かをしたワケでもなく、ただ自由気ままに飛び回っていた…という、何ともテキトー(失礼)な言い伝えがあります。(そんな伝承でもこんな巨大な像が建ってしまうのですね…)

香原山城に訪れた際、ぜひ寄って写真に収めてみてはどうでしょうか?

2020/09/15

伯耆国 北ノ城

天神野台地の北端に所在したと云われます。

現在は倉吉市立西中学校や住宅地となり、往古の遺構はほぼ消滅したとされます。

伯耆岩倉城の支城の一つとされ、名前の由来は「岩倉城の北にある城」とのこと。

但し距離が相当離れているため岩倉城の支城とするより伯耆市場城の出城と捉えた方が自然かもしれません。(倉吉市西倉吉町)

2020/08/25

武将列伝更新村上行明

但馬国上頭、下頭の地頭。北条氏に追われ伯耆国に亡命とされますが、比叡山延暦寺で修業し大山寺の領地を貰う、修行から逃げ出た挙句大山寺の領地を奪う、懇意にしていた北条政子から伯耆国に領地を貰う、会見長田荘の藤原氏の領地を奪う…様々な面白い説がありますが名和長年の曾祖父にあたる人物です。

武将列伝更新村上行盛

村上行明の子で名和長年の祖父にあたる人物です。

「行明・行盛」と、だいたい村上行明とセットで記述されるおまけ的存在…。

武将列伝更新長田行高

名和長年の父。 内河弼家の娘を嫁にもらい、名和長年の母となります。

武将列伝更新内河弼家

信濃国から伯耆国へ亡命してきます。村上氏とは同じ先祖を称し、北条氏に領地を追われ伯耆に辿り着く境遇まで同じ内河一族。最終的に名和氏と合流したようです。娘が名和長年の母。

武将列伝更新内河右頼

内河弼家の子で妹が名和長年の母。

武将列伝更新村上新三郎

伯耆米子城飯山城)の城番、福頼元秀の六男とされる人物で富長村に出張し居住したとされることから伯耆富長城の城番、福頼左右衛門と同一人物…かもしれません。

2020/08/11

武将列伝更新大坪甚兵衛

因幡私都城に在番。尼子再興軍も恐れて手を出したくなかった毛利方の剛将。

腕っぷしの強さだけでなく寡兵で大軍を打ち破る巧みな用兵まで用いる知勇兼備の将。

山中幸盛をさんざん馬鹿にします。(散々舐めた上に1,000騎が100騎に負けるものだから…)

武将列伝更新境與三右衛門

毛利家の家臣。各地を転戦した歴戦の猛者。その胆力は趙雲に勝る…かな?

因幡鳥取城が落城し、因幡丸山城から下城するときの立ち居振る舞いはドラマの主人公になりそうな真の侍です。

2020/08/10

伯耆国 香原山城

香原山の合戦は伯耆国内最後の大規模な戦闘であったと伝えられます。

登場する行松次郎四郎は素性がいまいちわからなかったり、戦の進め方も手際は良いけど微妙に詰めが甘かったり、本当に起こす必要があったのか…などを含めて謎の多いお城です。(西伯郡大山町宮内)

武将列伝更新林元親香原玄蕃允元親

1333年(元弘3年)頃、香原山城の城主であったと伝わります。

武将列伝更新行松次郎四郎

行松正盛の次男を称する人物。行松正盛の次男は杉原景盛では…?

行松家を正当に継承したのは杉原家では…?

細木原合戦で降伏して1年経たずにまた離反…色々と謎(問題)が多そうな人物です。

武将列伝更新牛尾春重牛尾大蔵左衛門

一族の存続のため毛利家に降った牛尾一族。尼子と毛利に分かれ同族で戦う場面が多く見られます。

出雲平田城や因幡鳥取城の城主を任され、同僚の吉田元重には「項羽の再来だ!」と言わしめた豪勇の士です。

2020/08/08

伯耆国 石井屋敷

西谷山に所在した砦と云われます。現在は墓地となっています。

伯耆石井城(石井要害)の出城の一つと推定されますが、古引氏の家臣、内蔵允の居館であることのみが伯耆志に記されます。

(米子市石井)

2020/07/19

武将列伝更新福山綱信福山肥後守

1564年(永禄7年)6月、伯耆不動ヶ嶽之夜討、続く弓浜合戦、1565年(永禄8年)9月の伯耆八橋城救援戦、同年10月の伯耆法勝寺城襲撃戦など多くの戦に参加しています。(陰徳太平記)

尼子家に仕えた武将でも忠臣の一人に数えられる人物です。

武将列伝更新福山源五郎

福山綱信の子。伯耆新山城の城番。1565年(永禄8年)3月の落城時の城主と伝わります。

武将列伝更新福山藤三郎

福山綱信の養子。1565年(永禄8年)10月の伯耆法勝寺城襲撃戦で登場します。

2020/07/18

武将列伝更新四郎太夫

1564年(永禄7年)6月、伯耆不動ヶ嶽周辺で起きた親尼子派の村民による一揆の主導者とされる人物。同じ頃、尼子方の義臣、福山肥後守による如来堂への襲撃も起こります。(陰徳太平記)

主な舞台は伯耆不動ヶ嶽城(鳥取県日野郡日野町中菅)など。

2020/07/13

ホームページをリニューアルしました。

2020/07/04

江府町で講演会

2020/03/21

香春山登山

2020/04/26

伯耆国 石馬谷小枝山砦

石馬谷古墳の裏山(小枝山)が城砦の名残と推測されています。

唯一、宇田川村史にのみ城跡としての図示が見えます。

(米子市淀江町福岡)

2020/02/14

伯耆国 石脇城

因幡・伯耆の国境付近に所在し、伯耆国泊城の支城と伝わります。

久塚表の戦に於いては日野郡の有力国人、原氏一族の原又太郎が活躍しています。

(東伯郡湯梨浜町石脇)

2020/01/12

伯耆国 上安曇城

太古、九州より流れ着いた古代安曇族の拠点と伝わります。

郷土史では字名の「城下」から古城が存在したと推測しています。

(米子市上安曇)

2020/01/05

伯耆国 古市城

出雲・伯耆の国境付近に所在し、伯耆国新山要害山城の支城とも伝わります。

尼子氏、毛利氏に殿医として仕えた牧野氏の居城とも伝わります。

(米子市古市)

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