日野郡日野町に所在したと伝わる古城跡
上菅城
詳細不明。
日野町上菅
上菅城ノ越城
菅福郷土史(平成15年3月 菅福歴史文化会館)では菅ノ城跡としている。
菅福小学校体育館の裏山が城山(じょうやま)と呼ばれ、城の周りには西に陣屋と馬場、東に馬場塩とする地名があるとする。
日野町歴史文化事典2002(日野町観光協会)では高宮の里からの引用として菅ノ城跡としている。
旧菅福小学校の裏山は城跡と呼ばれている。北方は断崖で下は日野川が流れる。東には大畑川があり、南は急峻な山となる。西の陣屋、西の馬場、東の馬場、塩倉、番所倉などがあったとしている。
日野町上菅
久住城
鎌倉山城の支城と推定される。
日野町久住
金持城
金持景藤の居城。小要害、大要害を合わせた城域か。
日野町金持
金持小要害
金持景藤の居城。
日野町金持
金持大要害
金持景藤の居城。
日野町金持
上代ヶ原城
伯耆志の貝原村の条に「村の東五丁許上代ヶ原という地あり。伝なし」とある。
日野町貝原
多武の峰城
詳細不明。
日野町高尾
津地城
詳細不明。津域城とも。
日野町津地
濁谷城
詳細不明。