伯耆国 汗入郡
もんぜんちんじゅやまじょう
門前鎮守山城
所在地
鳥取県西伯郡大山町門前
城 名
門前鎮守山城(もんぜんちんじゅやまじょう)
別 名
―
築城主
不詳
築城年
不詳(鎌倉時代か)
廃城年
不詳
形 態
丘城
遺 構
郭跡、(堀切、土塁、集石遺構、石組井戸跡、石垣)※(内は消滅)
現 状
山陰道、山林、畑地
備 考
史跡指定なし
縄張図
不詳
城 主
不詳
委細不詳だが名和氏が推定される。
参考資料(史料及び文献、郷土史など)
門前上屋敷遺跡Ⅱ・門前鎮守山城跡(2007年3月30日 鳥取県埋蔵文化財センター)
年 表
鎌倉時代
発掘物から鎌倉時代に地鎮のまじないが行われたとされる。(築城に関する地鎮かは不明)
中世
土塁や堀切の堆積物から中世の山城が所在したと考えられる。
概 略
一説には名和氏に関係する城跡とされる。
山陰道建設のため2007年頃に行われた遺跡調査によって字「鎮守山」の東側丘陵に土塁や堀切、集石遺構(石垣や井戸跡)など防衛を意識した建物跡(城砦)の所在が確認されている。
麓の字「上屋敷」には屋敷跡(寺屋敷)や田畑の跡(寺畑)も発見されたと報告書に見える。
遺跡の一部は埋め戻され保存とあるが城跡の真上を通る山陰道部分の丘陵は削平されている。
道路を支える橋脚部分も基礎工事による地中の改変が行われたと考えられることから埋め戻しとされるが完全に破壊されたものと考えられる。
上屋敷跡、田畑跡は埋め戻されコンクリート舗装が為されている。
鎮守山の山中に義方神社が鎮座しているが元々は寺であったと地元に言い伝えが残る。
そのため上屋敷を「寺屋敷」、付近の畑地を「寺畑」と呼ばれている。
義方神社付近(鎮守山南側)には土塁や堀切、郭跡と思われる箇所を確認することもできるが城跡に由来する遺構かどうかは不明。
写 真
2014年2月23日